小室圭の学歴、経歴から分かる【人間性】

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小室圭についてさまざまな問題が起きている中で、一つの疑問が生じる。

なぜこれほどまでに1人の人間なのにも関わらず、こんなにも色々なトラブルが生じるのだろうか。

その答えは小室圭の経歴にあった。

今回は小室圭の学歴、経歴に焦点を当てて、どのようにして小室圭という1人の人間が出来上がったのかを下記の点を中心にお伝えしよう。

・小室圭の幼少期

・小学4年生を境に変化

・小室圭の人間性

・まとめ

これほどまでに何かしらのトラブルや、不祥事が起こる人間はそう多くない。

今回は小室圭の過去に遡って、小室圭という人間をおさらいしてみよう。

最後までぜひ、お読み頂きたい。

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小室圭の幼少期

小室圭は1991年10月5日に神奈川県横浜市で生まれた。

父である小室敏勝は横浜市の職員として働いており、一般的なサラリーマンの家庭であった。

小室圭の幼少期を語る上で欠かせない人物が、小室圭の母親である小室佳代だろう。

今回の小室圭と眞子様の結婚に当たってのトラブルのほとんどが、小室佳代の問題と言っても過言ではない。

小室敏勝と小室佳代の間に生まれたのが、小室圭であった。

記事に掲載されていた発言は、どれも佳代さんらしいと感じました。

 彼女はいろいろ考えるというよりも、思い立ったら即行動といったタイプで、それが強み。ときには失敗して周囲から誤解されることもあると思います。

 圭くんをバイオリンや絵画教室に通わせたのも、とりあえずクリエイティブな分野に触れさせようと考えたのでしょう」

 そう話すのは、小室圭さんとその母親・佳代さんと交流のあったAさん。

https://www.jprime.jp/articles/-/21408

小室佳代は金遣いが荒く、教育に対して極端に熱心な母親だったという。

一人っ子の小室圭は3歳の頃よりバイオリンを習っており、小学校高学年までバイオリンを習い続けた。

小室佳代は近所にも「うちの子はバイオリンの天才なの」などと言っていたという。

1995年、小室圭が4歳になる頃に「アソカ幼稚園」に入園する。

幼稚園児の頃はよく泣く子供だったそうで、「泣き虫王子」とも言われていたようだ。

小室佳代は小室圭を将来音楽の道に向かわせたいと考えていたようで、1998年に「国立音楽大学附属小学校」に入学する。

今では小室圭が自分自身で考えて行動することが多くなっているが、幼少の頃は全て母親の言う通りに動いていたようだ。

今でも母親のことを「お母様」と呼んでいることからも伺えるだろう。

「いやいや、圭くんは佳代さんの“言いなり”でしたよ」

 圭さんが小学生のころ、小室家の行きつけだった飲食店のオーナーはそう証言する。

「お店に来ると、佳代さんが旦那さんと圭くんの食べ物や飲み物のメニューを全部勝手に決めちゃうんです。圭くんはもちろん、旦那さんも何も言わない。というか、旦那さんの声を聞いたことがないと思うほど、佳代さんが主導権を握っている家族でした。

 佳代さんは一時期働いていた自然食品店のお菓子を、私の店で売ってほしいと言ってきたり、そのお店で雇っている障害者の方をうちの店でも雇ってほしいと頼んできて困りました。彼女はとにかく、自己中心的な方なのだと思いました」(飲食店オーナー)

https://www.jprime.jp/articles/-/21408

小室勝敏は穏やかな性格で、いつもニコニコしており、優しい印象だったという。

上記のことを踏まえた上で、小室佳代が小室家の主導権を握っており、絶対的な存在だったのだろう。

今でも小室圭の裏では、小室佳代が動いているだろうことは言うまでもない。

「お正月に佳代さんと圭くんが私の実家に挨拶に来られました。私の母親はおせち料理を出したのですが、佳代さんは断りもなく好きな食材を勝手に取り分けて“圭ちゃん、これ食べなさい”と。それを見た母は後日、“あの振る舞いはどうなのかしら……”と不信感を口にしていました」

https://www.jprime.jp/articles/-/21408?page=2

小学4年生を境に変化

小室氏はサッカー部に所属。周囲からは「こむっち」の愛称で呼ばれ、人気があったという。

「彼が教科書を読むだけで笑いが起こる。彼は『おかあさんといっしょ』(NHK Eテレ)が好きだったようで、彼の鉄板ネタは、だんご3兄弟のショートアニメ『あっという間劇場』のモノマネでした。それでクラスの笑いをとっていた。僕も5年生までは圭くんと仲が良く、互いの家を行き来したり、交換日記みたいな感じで漫画を互いに描きあっていた。圭くんは『ワンピース』にハマッていて、同じような物語を漫画にしていました」

https://bunshun.jp/articles/-/45064

小室圭は小学4年生までは、クラスの人気者だったようだ。

国立音楽大学附属小学校は女子が多い学校で、女子からも「こむっち」というあだ名で人気があったという。

しかしある事件をきっかけに転落していく。

それは小学4年生の三月のことだった。

小室敏勝が自殺してしまったのだ。

自殺の理由としては、小室佳代の金遣いの荒さ、マイホームを巡っての小室佳代と姑の仲違いだった。

小室敏勝は心身ともに疲弊してしまい、仕事も思うようにいかず自殺してしまったのだ。

仕事は朝6時に出社し、帰ってくるのは夜遅くという生活を繰り返したことで、疲れてしまったのだろう。

それが2002年のことである。

小室敏勝が行方不明になっている間、小室佳代は小室敏勝の両親に向かって罵声を浴びせ、執拗に責め続けたという。

この自己中心的な考えしかできない小室佳代が、小室圭という人間を作っていくことになる。

父の死に大きなショックを受けたのが、小室圭だった。

精神状態が不安定になってしまい、電車の中で倒れてしまうこともあったようだ。

大好きだった父親の死後、しばらく小室氏は学校を休んだ。Aさんは佳代氏から、小室氏と一緒に登校するように頼まれたという。

「お父さんが亡くなって、(小室母子は)国立から横浜の家に戻り、僕は圭くんと登校するようになりました。彼の精神状態はとても不安定で、電車のなかで倒れてしまったこともあった。僕の中でも子供なりに気を遣って、自分の父親に頼み、圭くんが好きな野球を観に行ったり、『一緒にいなきゃ』と思っていました。それが彼にとっては鬱陶しかったのかもしれません」

https://bunshun.jp/articles/-/45064?page=2

そんな小室圭の身体を気遣ってくれ、一緒に登校してくれる友人がいたようだが、小学5年生の夏頃からその友人をイジメるようになったという。

こんな人間が眞子様と結婚する資格があったのだろうか。

だが、父親の死を境に小室氏の態度は一変したという。Aさんは小室氏らからイジメを受けるようになった。

「5年生の夏前だったと思います。ある日、登校のためにいつも通り、『何時何分の電車の何号車で』という待ち合わせをしたんだけれど、、圭くんは待ち合わせに現れなかった。それなのに、国立駅で降りると彼がいて、ガキ大将と一緒にケタケタ笑っていたんです。そんなことが毎日のように続いた。圭くんは僕が電車の中で彼を探す姿を、隣の車両から隠れて見ていて、おもしろがっていたのです。その後も急に無視をしたり、容姿をバカにするあだ名をつけたり。僕は圭くんたちといるのが嫌で、図書室に隠れるようになった。でも、彼らはそれを面白がって、僕を探しだすと本棚の裏から、大声で僕のあだ名を馬鹿にするような替え歌を聞こえるように歌ってきた」

https://bunshun.jp/articles/-/45064?page=2

小室圭の人間性

小室敏勝が亡くなった後、小室家は住んでいた横浜市内の住宅のローンを返済する必要がなくなった。

このことで小室敏勝が亡くなったのは、小室佳代の保険金殺人なのではないかとの意見もあるが、定かではない。

さらに小室敏勝が亡くなって1年後、小室敏勝の父、つまり小室圭の祖父も自殺してしまう。

小室圭の祖父の自殺の理由は、小室佳代からの罵倒と執拗な言葉での責めによるものだったという。

小室圭の祖父も土地などの大きな資産を持っており、結果小室圭にも多額の相続金が入ることになった。

この頃から「お金」に大切さや執着心というものが芽生えていたのではないだろうか。

「圭くんが“僕がついているから大丈夫だよ”と言ってくれたと、佳代さんはうれしそうに話していました。圭くんは『湘南江の島 海の王子』の1人に就任していたのですが、そのイベント活動後、彼だけは“お母さんが待っているから先に帰る”と同期たちとは別に帰っていて、大学生の男の子にしては珍しいなって。「湘南江の島海の王子様に決定した直後の決めポーズ(’10年7月)

 佳代さんは“圭ちゃんがいないと生きていけない”と常々話していました。2人は外食や買い物、美容院に行くときも一緒。交差点での信号待ちでも“圭ちゃん、下がって!”と過剰なほどに彼を守り、毎朝、出勤する際も自宅の最寄り駅で別れるときに、ぎゅっとハグしているのをよく見かけました」

https://www.jprime.jp/articles/-/21408?page=2

小室圭という人間は、絶対的な存在である「母親」と、その母親が大切にしていた「お金」で形作られているのだ。

そう考えると1億円以上の貯金があるという眞子様に近づき、国民の反対を押し切って結婚まで至ったのは、眞子様への本当の愛ではなく、「母親」の命令に忠実に眞子様という「お金」を手に入れようとした。

そう考えるのも、おかしな話ではない。

まとめ

今回は小室圭の学歴、経歴に焦点を当てて、どのようにして小室圭という1人の人間が出来上がったのかを中心にお伝えした。

下記にまとめている。

・小室圭の幼少期は、絶対的な母親を中心とした家庭で生まれ育つ

・小学4年生の時に父親が自殺。それを機に精神的に病み、友人をいじめる

・小室圭は幼少期からの絶対的な「母親」と、その母親が大切にしている「お金」で形作られている

いかがだっただろうか。

幼少期や子供時代の経験が、その後の長い人生を作り上げると言っても過言ではないだろう。

小室圭の場合「小室佳代」という自己中心的な偏った存在が、小室圭を偏った人間に作り上げてしまった。

今後を変えるのは、小室佳代という絶対的な存在を凌駕する、小室圭自身の【行動】だろう。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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